オリンピックとIT
-現在と過去の技術とIT発展の歴史-

2021年の東京大会、2022年の北京大会と続けて開催中の夏季・冬季オリンピックとパラリンピック。コロナ禍による厳戒態勢が敷かれるなかでの開催に賛否両論はあったものの、世界中のアスリートが集い競うスポーツの祭典に多くの人々が感動しているであろう。

華やかなオリンピックを盛り上げているのは、アスリートの活躍はもちろんだが、大会を縁の下で支えるITエンジニアの存在も忘れてはならない。オリンピックの歴史はITの発展の歴史であり、エンジニアの挑戦と躍進の歴史でもあるのだ。

 

  東京オリンピック2020の競技を支えたITシステム  

昨夏の東京オリンピック2020では、プレー中の選手を間近で視聴しているような迫力のある映像をテレビでご覧になった方は多いのではないだろうか。あのリアルな”視聴体験”は、インテルをはじめさまざまなベンダーが開発した画像処理技術により実現したものである。

例えば、陸上競技やバスケットボールの試合などでは、インテルの「True View」という没入型のスポーツ視聴体験システムが採用されている。True Viewは、競技場やコート内に設置された複数台の高解像度小型カメラから立体映像データを収集し、インテルのサーバやCoreプロセッサ・ファミリー搭載のPCで処理するシステムだ。この画像処理により、あたかもプレー中の選手を間近で視聴しているようなリアルな映像を視聴者に届け続けていた。

また、100m走などの陸上競技では、選手のフォームや動きを細かく記録した映像をXeonプロセッサで分析する「3DAT(3Dアスリート・トラッキング)」という、インテルのシステムが使われている。Xeonプロセッサには、AIによる姿勢推定アルゴリズムを適用しており、選手ごとの加速度や時速などをリアルタイムで表示するなど、スプリント競技のリプレイや判定で活用された。

こうした画像処理技術の進歩により、今まで見たことのない視聴体験を実現したことも、オリンピックを大いに盛り上げる一因になっているであろう。

 

  コロナ禍の開催を支えたITシステム  

東京オリンピック2020ではコロナ禍の開催とあって、これまでのオリンピックにはない感染症対策にも十分な配慮がされていた。

無観客開催ではあったが、選手や関係者が「密」な状況をつくる可能性もある。そこで導入されたのが、NECの開発した「混雑状況可視化システム」だ。密集を検知するセンサを選手村などに設置し、その情報を常時収集・解析する。混雑状況は、競技場などに設置されたモニターやスマートフォンアプリなどを通じてリアルタイムで配信され、利用者の密集回避を促していた。

NECでは、オリンピックでは初導入となる「顔認証システム」も納入している。選手からボランティアスタッフまで関係者すべてを対象に、入場ゲートの顔認証装置とICチップを搭載した専用カードによる厳格な本人確認を実施していた。NECは感染症対策とセキュリティ対策ができるITシステムで、安心・安全な大会運営をサポートしていたのだ。

また、パナソニックではロボットを活用して会場内を清掃する「ロボット掃除機」を提供している。カメラや距離センサを搭載したロボットが人や障害物を高精度に自動認識しながら、会場内の清掃を行うことにより、清掃員の作業負荷を軽減するだけでなく密な状況を作らないことにも貢献していた。

コロナ対策とは関係ないが、パナソニックではこのほか「ATOUN MODEL Y + kote」というパワーアシストスーツも提供した。これは上半身に着用して使用するロボットで、重い荷物を持ち上げる際に腰や腕にかかる力をコントロールして身体的負担を軽減でき、疲労の軽減と作業の効率化を図れるロボットだ。荷物の持ち運びだけでなく、パワーリフティングに参加するパラリンピック選手のアシストとしても活用されたという。

 

  オリンピックはIT進歩の歴史  

近年の大会に限らず、ITはさまざまな場面でオリンピックを支え続けた。オリンピックの歴史は、IT進歩の歴史ともいえるのだ。

広義の情報技術という意味では、1932年のロサンゼルス大会でオリンピック史上初となる開催国以外のラジオ放送配信が、ITの初採用といえる。1936年のベルリン大会では、写真電送や無線の電信・電話も採用。戦前にはすでに、国際通信技術によってオリンピックを影で支える重要なツールになっていた。

データ処理という観点では、1960年のスコーバレー大会が革新的な大会だった。IBMは、当時最新コンピュータだったRAMAC/305を用いて、競技結果のデータ処理を初めて行った。今では当たり前だが、競技の途中経過をリアルタイムで確認できるしくみができたのは、スコーバレー大会が最初だった。

このしくみを、オンラインシステムで構築したのが1964年の東京大会だ。日本IBMでは、競技結果の集計から遠隔地への配信まで一貫してできるシステムを開発。集計された競技結果は、テレタイプで配信したという。このしくみは後に「リザルトシステム」と呼ばれる競技結果の自動集計・配信システムの源になり、国際的なスポーツ大会に欠かせないシステムのひとつになった。

ITが大会全体を支えるツールとして本格的に導入されたのは、1984年のサラエボ大会だ。選手のユニフォーム配布管理や報道関係者の宿泊施設予約、チケット販売管理など多様な分野でITが利用されるようになった。

1996年のアトランタ大会からは、インターネットの活用が始まる。IBMでは、これまでの通信技術をクライアントサーバ型に一新して臨んだほか、IOCと主要通信社ではインターネットを活用した新たなデータ配信サービスを始めた。ちなみに、オリンピックの公式ウェブサイトが公開されたのはアトランタ大会が初めてである。

以降のオリンピックでは、インターネットを活用した情報提供システムを世界中のベンダーが開発していくことになるが、各社で出力データが異なりユーザビリティの課題となった。そこで、2002年のソルトレーク大会からは各社の出力データの仕様を共通化するためXML(Extensible Markup Language)を共通言語として採用し、情報配信の仕様が作られた。この仕様は後にODF(Olympic Data Feed)に改められ、2012年のロンドン大会から適用。東京大会や北京大会をはじめ、現在に至るまで使われ続けている。

 

  4億回以上のサイバー攻撃からオリンピックを守れ!  

インターネットの登場によりオリンピックを楽しめる環境がさらに広がり、パソコンやスマートフォンで競技を視聴するファンも増えたであろう。その一方で、運営者の脅威となる課題も増えている。とりわけ、インターネットの登場で大きな課題となっているのが、サイバー攻撃だ。

東京オリンピック2020では、大会期間中に運営に関わるシステムやネットワークだけで、4億5,000万回ものサイバー攻撃があった。この数は、比較できるロンドン大会(2012年)の2倍以上にあたるという。

実際に、どのようなサイバー攻撃があったのか。近年増えているのがマルウエアの被害だ。一例として、東京オリンピック2020では開会式の2日前にEXE形式のマルウエアが検出されている。「サイバー攻撃の被害報告について」というファイル名で、関係者なら誰もが開きたくなる名前だった。このファイルを、外部と通信しないテスト環境のPCで開くと、PC内のファイルが次々と消えていくことが確認された。実は、これと似たマルウエアが2018年の平昌大会でも確認されており実被害も出ていた。今回は事前にブロックしたことで、このマルウエアによる実被害は確認されなかったものの、もし食い止めていなければ大会運営を阻害する脅威になっていたかもしれない。

このほかにも、東京オリンピック2020の運営委員会には大量の情報を送りつけるDDoS攻撃や、不正にパスワードを盗みだそうとするパスワードスプレー攻撃なども確認されている。

東京オリンピック2020では、こうしたサイバー攻撃が連日あったにもかかわらず大会運営に大きな混乱はなかった。それは、ITエンジニアたちが日夜監視を続け、これらの攻撃をすべてブロックしていたからにほかならない。昨夏の東京大会では、東京都や内閣官房といった行政機関のほか、民間のインフラ事業者やスポンサー企業など350余りの関係機関が参加する「サイバーセキュリティ対処調整センター」という官民一体となった組織がサイバー攻撃から守っていた。参加したITエンジニアは3,000人以上にもおよび、日本では前例のない規模だったという。サイバー攻撃から守り続けた多くのエンジニアも、オリンピックの運営に欠かせない存在なのだ。

華やかなオリンピックの裏側では、多くのエンジニアの活躍と努力がある。次回のオリンピックは2024年のパリ大会。ITエンジニア諸氏は、こうした視点からオリンピックを見ると、また違った楽しみができるかもしれない。

 

大五康彦(だいご やすひこ)
こんにちは、会報誌『』では「技術検証」シリーズや会員様取材などを担当していました。テレビ番組の制作会社でリサーチおよび構成、Webライティングを経てフリーランスのライターとして独立。IT系や不動産、金融系の取材執筆でWeb媒体を中心に活動しています。そのほか企業・団体のWebサイトにおける企画立案や構成などWebディレクター兼ライターとして500社以上のホームページ制作にも携わっています。よろしくお願いします。

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